11 イセリナ, 恋のあと
ガルマの死、その後を描く今回のテーマは「敵が誰だかわからない」である。
ジオン公国とは結局何なのか
まず、結構信じられないことだが『機動戦士ガンダム』、実はここまで「ジオン公国とは何なのか」についてろくな説明をしていない。もう10回まで見たのだから全体のおよそ1/4(当初の予定ではおそらく50回くらいだろうから1/5)まで来ているのだが、まだ我々は「だからそのジオンって結局何なのか」についてほとんど何も知らないのだ。
確かに番組冒頭で毎回、
宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り地球連邦政府に独立戦争を挑んできた / この戦いでジオン公国と連邦は総人口の半分を死に至らしめた
との「説明」がある。だからなんとなく「理解していて当然」という雰囲気だけは醸成されているが、普通に鑑賞していれば、こんなことを聞いても謎が膨らむばかりである。今こそ言わせてもらおう。ジオンてそんなにデカいのか。独立戦争を仕掛けてるのにそれを許さない連邦政府のほうが抑圧者ではないのか。ここの説明がないから、どちらも「総人口の半分を死に至らしめた」などと言われても実は状況が全然「入ってけえへん」のである。どちらに肩入れしていいのかすら本当はわからない。
ところが、前回終盤ではじめてチラとジオン公国の首都らしき場所と、その王=デギン・ザビが映った。ようやく「敵の姿」が見えたのである。その姿はあまりにも「悪そすぎ」だったが、では「敵とは一体誰」なのか。 すなわち、円筒形の直径は6キロメートル余り / 長さにいたっては30キロメートル以上ある / その中には人工の自然が造られて / 人々は地球上と全く同じ生活を営んでいた
月の向こうにある円筒形の建物数十個。3、40個ほどだろうか。それがジオン公国のほぼすべてということである。仮にこの円筒が30個ほどだとして、直径6km x 長さ30km程度では地球との戦力差、資源差、人口はまったくお話にならないのではないだろうか。今までなんかシャアが大活躍していたりしていたし「どちらも人口半分が死に絶えた」と説明されてるので、戦力は互角のような気持ちになっていたが、急に不安になってきた。ジオン大丈夫なのか?
自分は地球の大きさについてよく知らないから、これについてはAIに「ぶっちゃけどうなの?」と聞いてみたところ「地球陸地:14,800,000㎢に対しジオン全体:15,000㎢(0.1%未満)。地球の直径は12,742kmで、スペースコロニーは直径6.4km、全長32kmだから、地球の約1/2000。質量では比較にならん」「サイズでいうと、地球 vs スペースコロニーは、ゾウ vs ハムスターレベル」とのこと。戦争している場合ではないのでは??というか設定からしてあまりに無茶がありすぎるのでは?
そして、
これこそ地球を自らの独裁によって収めようとするザビ家の支配する宇宙都市国家ジオンである
との説明に至ってはもうまったく理解ができない。これ、「宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り地球連邦政府に独立戦争を挑んできた」との毎度のイントロ、直後のナレーションなのだが、ジオンが要求しているのは単に自国の独立なんだろうか。それとも地球の独裁なのだろうか。この2つはまったく違うことではないだろうか。
独立を求めているだけなら肩入れできる。しかし「地球を独裁させろ」とまで言ってるのならジオンなんてただの巨悪である。この説明を聞くと「ジオンのことはやっぱり何もわからない」ということ、そして「ジオンを知るためにはザビ家を知らないとお話にならない」ということだけを我々は理解する。では、そのザビ家とは何なのかだが、今度はこれがわからない。
支配者公王はデギン・ザビ。こいつは顔こそほとんどヤクザだが、その物言いは存外おっとりしており、息子ガルマの死に心底気落ちしているだけのようだ。そしてデギンには子どもが四人いる。上から、ギレン・ザビ、キシリア・ザビ、ドズル・ザビ、ガルマ・ザビ。もうこいつらが同じザビ家とは言いつつ、それぞれ考え方やキャラクターがまったく違う。 弟の死の報に接しても「過去を思いやっても戦いには勝てんぞ 」と言い切り、
> ギレン:父上 今は戦時下ですぞ / 国民の戦意高揚をより確かなものにするためにも国を挙げての国葬こそ 最もふさわしいはず / ガルマの死は一人ガルマ自身のものではない ジオン公国のものなのです などと父王に説教、説得までする冷酷なギレン。弟ですら国の資源だとしか考えていない。
それに対して「しかしあやつこそ 俺さえも使いこなしてくれる将軍にもなろうと 楽しみにもしておったものを...」などと頭に戦争のことしかない脳筋のようなドズル。
ろくな説明こそないものの、だからこそ「そういえばガルマがやたら怯えていたな.....」という情報だけしかないため逆にめっさ不安になる、つまりはおそらく一番めんどそうなキシリア。
https://gyazo.com/8519d416fdb82784a09bd3629d315e5e
そして前回まででだいたいキャラクターを理解していたと思っていたが、今回自分の部屋に巨大な自画像を飾っていたことが判明、あまりにもスケールを超えたナルシシズムを死後も見せつけてくれたガルマと、とにかく「こいつら多分全員全然違うこと考えてる」。それしかわからない。
我々は「ジオン」という「敵」を今回はじめて目にした。そういう気になっていた。そして、そこで「ジオンを理解するためにはザビ家を理解しなければならない」ということまでは理解したのだが、そのザビ家がまったく理解できない。
「敵」は一つだと思っていた。が、本当に「一つ」なんだろうか。「連邦」政府は、ちっともまとまってなんかいないただの「バラバラ」に、便宜上「ジオン」と名前をつけて、それと戦っているフリをしているだけなのではないだろうか。
敵を取り違えるイセリナ
敵がわからないと言えば、イセリナだ。今回はイセリナが「ガルマ様の敵」を取ろうとする回である。そうことになっている。が、このイセリナが思いっきりボケ倒しており、さすがあの坊やガルマとねんごろになるほどのお嬢様だと納得させられる。
イセリナ:モビルスーツ あれがガルマ様を
と言うのだが、ガルマを倒したのはホワイトベースたちであり、ガンダムではない。敵を取るならホワイトベースにつっこんでいくべきなのだが、恋がなせる盲目か。イセリナはガンダムに向かっていく。この時点でイセリナの敵討ちは失敗している。戦力以前の問題である。
そもそももっと言えば、本当の敵はホワイトベースですらない。ガルマを騙してホワイトベースに攻撃させた、本当の敵はシャアである。だからイセリナはシャアに向かっていかなければならない。
さらにさらに言えば、なんでシャアがそんなことしたのかというと、ガルマの父、デギンのせいだということになる。イセリナの生まれ故郷を完全破壊したのもジオンだし、そのせいで自分の父親がジオン嫌いになったために、結婚も認めてもらえなかった。なんとか結婚を認めてもらわなければと功を焦ってガルマは戦死したのだから、息子ガルマの結婚を認めず、また娘の結婚を認めない「イセリナの父」を作り出したのは、ジオン公国その最高責任者たる公王=デギンなのだから、デギンがイセリナの「本当の敵」だとも言える。
デギンは「シャアの敵」でもあるから、イセリナの敵とは「シャアの敵」だとも言える。他方でシャアは上述したように「イセリナの敵」でもあるのだから、「イセリナの敵は『イセリナの敵の敵』」でもあったりする。敵とは一体誰なんだろう。考えれば考えるほどわからない。我々は敵が誰だかわからない。
https://gyazo.com/050e382dd6233acabbaf8ad348707fbe
そもそも「敵」とは誰かの都合によってつくりだされるものだ。それはギレンがガルマの死を利用し、戦意高揚のために国葬を企画したことからも明らかだ。シャアの「敵にされた」ために死んだガルマは、死んですらその死を「敵をつくる」メカニズムに使われる。これこそがガルマの「本当の敵」ではないのか。このままではあまりにもガルマがかわいそうすぎる。
https://gyazo.com/88127ae08d4eeffb0dd09e282cb896e1
ぼくらは本当の敵に出会えない
イセリナはガウに乗り、ガンダムに乗ったアムロを追い詰める。
今回、実はいろいろ「嘘」が多い。まず、あれだけアムロが事前にメンテナンスしていたガンダムなのに、ガウが少しつっこんできただけで回路が壊れたらしくまったく動かなくなる。「ホワイトベースって頑丈にできてるんですね」なんてセリフまであったのに、これはあまりにも不自然だ。
またイセリナはアムロに向かって「ガルマ様の敵!」と言う。
イセリナ:ガルマ様の敵!
アムロ:か、敵だと?
印象的なシーンだが、アムロとイセリナの距離を考えれば、そしてこのイセリナの声の大きさ(叫んだり別にしてない)ことを考えれば「アムロにセリフが聞こえた」とも思えない。どちらも「イセリナの執念」や「思い」で、ドラマ上ついている嘘である。むしろこの「嘘」を成り立たせるために、事前に点検をしていたり、ホワイトベースの頑丈さに言及し強調していたんだと思う。
イセリナは拳銃を持ってアムロを追い詰めるのだが、同時刻、シャアは拳銃を持ってブライトたちと撃ち合っていた。本来イセリナが撃ち合わなければいけない敵は「シャア」なのだが「それがとことんズレている」という描写になっている。
そしてアムロを追い詰めたイセリナは「ガルマ様の敵!」と言って、あとは銃口をアムロに向け、引き金を引くだけで「敵を討つ」ことができたはずなのだが、突如「空」に向けて発報し、自ら身を投げ死ぬのである。
イセリナはなぜアムロを撃たなかったのか。なぜ空に向けて発砲したのか。ここでイセリナは「ガルマ様の敵!」と言っているが「アムロが敵だ」と言っているとは限らないことに注意しなければならない。イセリナは「敵が誰だかわからない」こと、「敵を生み出すメカニズムこそが敵」だと理解したのではないか。だから空に向かって、つまり「誰も撃たない」こと、「敵を討たない」ことで「敵を生み出すメカニズム」自体を「討った」のかもしれない。